今回は澤風大過(たくふうたいか)について記載しようかと思います。
澤風大過は28番目に出てくる本卦。
この卦が占断で出たときにどんな状態かというと、
「大過は棟橈む(むなぎたわむ)。往く攸(ゆくところ)あるに利(よ)ろし。亨る。」
棟(むなぎ)とは、家の屋根の一番高いところを指し、
それが棟橈むだと「家の屋根が重くて本末弱いので、屋根の重さに耐えられず曲がってしまうさま」のことを指すのです。
つまり、屋根が重い=荷が重い=悩み・苦労する時、という事です。
また、積み荷満載の転覆寸前の船に例える人もいます。荷が重いから連想できるのですね。
要は、今抱えていることは重いのではないのでしょうか、という疑問を投げています。
でも、「往く攸あるに利あり」・・・?、とはどういうことでしょうか。
家の棟に例えれば、進んで修理すると安全になるため良い、ということらしいです。
苦労するのだが、手を入れることで安全になり良い、という解釈になるのでは、と思いました。
最近、占術をしてこの卦が出て他の人が絡んでいる出来事だったのでどうかな~~、と思って悩んでいたところ、
出た卦が澤風大過の4爻だったので、4爻の部分を読んでみると、
「棟隆(むなぎたか)し、吉。它(た)あれば吝(りん)。」
棟が曲がることなくしっかりとしているので吉。それがあればやぶさか。、という意味です。
つまり、土台がしっかりしていて大丈夫だが、ほかに心移すとそのことをやりたくなくなる。
つまり、骨が折れる時だが土台がしっかりしているので大丈夫だよ、しかし他に心移すとだめだよ、と言っているのでは、と思いました。
これをとある方にご相談したら
「根性が試される」と仰せだったので、
そのような解釈もあるんだな~~、と感心しました。
澤風大過という卦自体が今にも倒れそうな家だったり、転覆寸前の船だったりで、いかにも危険な状態の解釈しがちですが、
修理をすることで安全、とあるので、その状態にめげずに手を入れることで良い方向に向かい、
その過程の一つとして、骨折れる時もあるがしっかりとその出来事に向きあえば大丈夫だよ、という感じに受け取りました。
易経の占断は爻によっても本卦の解釈が変わり、今回の澤風大過は三爻と上爻は凶の占断ですが、今回得た四爻は吉の占断なので、これもまた解釈が変わるポイントなのだな、と思いました。
根性が試される・・・。
この卦に合っていてなんか大変そうだけど、試してみて乗り越えた時にはよい未来待っていそうなキーワードだな、と思いました。
このように解釈いたしました。いかがでしょうか。
皆さんの感想もお聞かせくださいね。