こんばんは。
本日で4月も終わりですがいかがお過ごしでしょうか。
今日も論語を読み、気が付いたことがあったので記載します。

=本日の論語の文=
日わく、然らば則ち師は愈れるか。
子日わく、過ぎたるは猶及ばざるが如し。
「師の方がまさっているとのことですか」
「過ぎたるは猶及ばざるが如しで、どちらも中庸を得ていないということだ」
=本文より抜粋=
師、というのは人物ですが、別の人物と比較されていて、
「師の方が優秀なのですか」と聞いたところ、
孔子は「過ぎたるは猶及ばざるが如し。(どちらの人物も)中庸を得ていない」
中庸とは偏りがなく過不足がない、常に変わらず調和の取れている状態を示します。
師という人物は、頭は良いが人情味欠ける人物だったとのこと。
また、比較されていた人物の方は引っ込み思案で真面目な人物とのこと。
どちらも君子というには「過ぎたるは猶及ばざるが如し。」
過不及があるとのことを孔子は言っています。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し。」は易経でいうと「澤風大過(たくふうたいか)」
棟撓む時、重荷に耐えすぎて苦しい時。=過不及あり。
この言葉(過ぎたるはなお及ばざるが如し)は
「龍の花文字 I-Ching Tarot」の
澤風大過のイメージワードでも使われています。
やりすぎはやらなさすぎと同じくよくない。
特に澤風大過の時は「やりすぎ」の事が多い。
こうしてみると、易経と同じ言葉がリンクしていて面白い、と思いました。
やりすぎ(偏りすぎ)にならない様、気をつけたいものですね。
中庸(調和のとれた)人物になるように努めたい、と今日学びました。
また、気づきがあったら記載しますね。