今晩は、NOOBLEEです。
桜も散ってうららかな春の感じになってきた感じがしますが、
いかがお過ごしでしょうか。
先日、久々の定例会で論語の話となり、
「論語、ってどんな感じなんだろう・・・。」と思い、
思い切って論語の本を買って読むことにしました。
・・・ということで、今回のテーマは「論語」についてです。
今回購入した本はこちらです。

湯島聖堂でも講義されている安岡定子先生の本です。
一日一語、というのもよい感じ。
昨日頼んで、本日届く。
流石Amazon、早いな。
早速読んでみました。
まずは本日の4月19日の言葉から。
子日わく、
之に語げて惰らざる者は、
其れ回なるか。
(先生がおっしゃった。
私が教えたことを常に奢らないで実行していたのは
回くらいだろうか・・・)
ー本文よりー
この言葉についての解説が記載されており、
その解釈を読んだ時、ふと「人間らしいつぶやき?」だな、と
思わずクスッ、と笑ってしまいました。
この文は顔回、という弟子について、
情熱を持って学びを受けていた顔回を高く評価をしていた孔子。
他の弟子の未熟さを言っている中で、
若くして亡くなった顔回に想いを寄せる一コマでした。
なんだか、易でいうと山水蒙の一コマとなんとなく似ている。
山水蒙でも師匠と弟子の学びの場面が描かれていたりします。
そんな今日の一コマを読んで、すっかり面白くなり、
他の日をめくってみたら感動した言葉が。
子日わく
人能く道を弘む。
道人を弘むるに非ず。
(先生がおっしゃった。
人こそが理想の道を広めることができるのだ。
道が人を広めるわけではない。)
振り返った時、自分の歩いてきた道は必ずあります。
年齢の分だけ道はあり、どのように生きてきたか、
何を目指してきたか、思考や行いや感情が相まって
今の道が出来たのです。
それぞれの人が自分で拓いてきた道です。
これから先も自分で切り開くしかありません。
用意された道は安心ですが、感動や成長、変化はないでしょう。
自分が主体になるからこそ、自分らしい道が出来のです。
ー本より抜粋ー
自分の人生を切り開くのは自分でしかない、ということ。
そして、今までもこれからも自分で切り開くからこそ
感動や成長、変化が起きる。
そこにあるようで、普段あまり聞かないような言葉。
現代は情報にあふれよもすれば他人軸になりがちな今日この頃ですが、
この言葉はいつの時代にも響く言葉ではないのでしょうか。
このような言葉に触れてみて、
久しぶりに感動したのと同時に
いつの時代も変わらないのだな、と思いました。
易に通じることがあると思い触れてみたのですが、
本当に通じるところあった感じがします。
詳しくはこれからしっかりと読むことになるのでしょうが、
言葉を読むたびに襟を正す感じになると思います。
また、感想等記載したくなったら、
読み続け記載してゆきたいと思います。
暫く読み続ける日々になりそうです。